「呼吸が苦手な人」がどうやって生きていくか、ということ。

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「傾聴は呼吸に似ている」
先日、こんな書き出しで始まる、友人のFacebookのポストが目に留まった。

心理学のワークショップで研鑽を積んでいるようだが、傾聴という「クライアントの話に耳を傾ける」ことが上手くできないようだ。

周りの受講生からは「誰でもできるだろう」との反応が。まさに傾聴=呼吸である、苦手な自分に傾聴(呼吸)のやり方を教えてくれる人はなかなかいない、との内容だった。

するとその友人のメンター(師匠)が、「問題はやり方ではなく、あり方ではないか?」とコメントで指摘し、さらに
〈この例えでいうと、「呼吸が苦手な人」が出て来ますが、「呼吸が苦手な人」というのは、地球では生きていけないのではないかと思います。〉
と、付け加えた。


いやいやいや、ちょっと待った。 

苦手は苦手なりに呼吸してるんだよ、だから生きていける。ただ、息苦しいので生きづらい。それでもいつしか環境に適応して、心肺機能も高くなるのか辛さも感じなくなる。

別に言葉のあやだけじゃなく、自分は実のところ呼吸が浅い。ヨガやピラティスを始めてわかったのだが、なかなか深い呼吸が上手にできない。

また一度だけ、いくら息を吸っても肺が上手く酸素を取り込めないような状態になったことがある。
おそらくストレスが原因なんだろう。試行錯誤の末に、習ったばかりのヨガの呼吸法を行なって、文字通り一息ついた記憶がある。

表向きは何事も無さそうでも、実は大変だったりするわけだ…本人にあまり自覚が無かろうとも。


門外漢が側でながめていただけだったが、この一連のやり取りからは他にも気付きを得た。
それはいずれ記すとして、改めて友人の傾聴が上手くいくことを祈っている。