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(2020年4月17日午前11時頃のJR東京駅中央通路の様子)
「生産性」という言葉を聞いて、まず何を思い浮かべるだろうか?
厳密にいうと「労働生産性」=付加価値÷投下した労働力である。
(分子・分母ともいくつかの定義があるが、ここでは「営業利益=売上ー売上原価ー販売管理費」「労働時間」としておく)
残業廃止、テレワーク推進の「働き方改革」、
自己啓発書のタイトル、あるいは上司の小言かもしれない。
私は、スポーツジムにあるランニングマシンを想像する。
自分に合ったスピードであればそれは快適であり、少しづつ負荷をかけて(=スピードを上げて)行けば、筋力の向上や、レースでのタイムが良くなり順位が上がる、といった効果がある。
だが、スピードが上がりすぎるとどうだろうか。
マシンの速度設定を間違えた経験のある人なら身に染みてわかるだろうが、息が上がり、足はもつれ、最悪の場合転んで離脱する。
同じことが起こってはいないだろうか。
生物たる人間には無理なところまでスピードが上がり、いわゆる「社会不適応」な人々や、うつ病で休・退職する人が増加している。
そこにきて「コロナ(ウイルス)ショック」で数ヶ月の経済活動の停滞、急ブレーキがかかることになった。国や地域によって差はあるが、数日前から再びマシンは動き出している。
以前のスピードに戻るのか…どんな未来が待っているのか。
▶︎「人間の労働からの解放」が行き着く先は
ご存知のように、産業革命によって機械が誕生し、単純肉体労働・苦役(くえき)から人間は解放された。そしてAI(人工知能)とそれによるビックデータの解析によって、人間は「単純」頭脳労働から解放されようとしている。
事務作業、投資プログラムや簡単なソフト開発、ゲノム創薬…
そこへもって「新しい生活様式」すなわち「感染リスクを避ける行動様式」が常態化するならば、
人間って感染リスクあるよね…いっそ機械に置き換えちゃえば?
誰かがそんなふうに呟いたなら…実際、感染リスクを避けるために「AI警備員」として、無人の受付でセンサーが来館者の体温を測り、異常があった場合には警告を鳴らす、という施設がニュースで紹介されていた。
以前ならここに生身の警備員がいたはずである。
こうした動きがもし加速していけば、様々な職場からはじき出された人々の生計は、暮らしは、どうなっていくのだろうか。少なくとも「コロナ禍」で業績不振に陥った企業からの解雇等も併せて、労働市場の混乱が予想される。
もちろん運送業など需要が急増しているところもあるが、こうした雇用のミスマッチは容易には解消しないだろう。航空機が9割飛ばなくなって、待機中のキャビンアテンダントが空港近郊の農家で、繁忙期の作業を手伝う、などの取り組みが紹介されていたが、一過性であり規模も小さい。
機械・AIが人間にとってかわる労働市場。この「”解放”の未来予想図」は果たしてユートピアか、はたまたディストピアか。
▶︎「付加価値」の定義を変える
一方「生産性」の定義そのものを変えてしまう、という考え方もある。具体的には分子におく「付加価値」を単なる数宇上の利益だけではなく、「働く人の快適さ・成長・やりがい」等を加えて、「人間本位の働き方」を模索する指標として作り替えるわけだ。あるいは「地球環境への影響」というものも加わるかもしれない。先ほどのランニングマシンを例に取ると、一定のスピード以上にはならない作りになっているようなものだろう。
そう書いてみて「そんな甘い考えが成り立つのか」という思いと、実際にそうした会社や経営(者)の在り方を念頭において、日々取り組んでいる何人もの社長さんの顔が浮かんでくる。
これらの2つの動きは、いま同時に世界のあちらこちらで起こっている。
どちらが主流となるのかは、まだ定かではない。
いったん強制的に立ち止まることを余儀なくされた私たちが、どちらの方向に歩みを進めていくことになるのか、まだ他に道はあるのか…。
問題…「題(テーマ)」が問われている。