「私には居場所がない」についての考察

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ここひと月で、同じフレーズを何回も聴いた


「私には居場所がない」


具体的には


実家にも今の家庭にも


とか


所属しているコミュニティや学びのグループ


とか


様々ではあるけれど


どうも自分にはあまりそこは問題にならない…なぜだろう?


今いる場所で違和感を感じているなら

その原因を突き止めて改善するか

あるいは自ら去るか

選択は自由


というのもあるけれど


一番しっくりくるのは


自分の中に確固とした自分の居場所を持つ


そうすれば外界の環境がいかように変わろうとも


ブレない
ただ自己の中の確固たるものに還るだけ


などとつらつら思いつつ


行く夏を見送っている

ウイッシュリストで2019年上半期をレビューする

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…ええ、一ヶ月遅れてしまいましたがね(笑)


   年頭にウイッシュリスト=やりたいことリストを作成し、最終的には150項目となった。使い始めてから今年で3年目になる『逆算手帳』に、それを書くページがあるので利用している。そこには「やりたいこと・欲しいもの・行きたいところ・こうありたいと思うことを書いてみましょう」とある。


    今日で7月も終わり。いったいどれくらい叶ったのかを、振り返ってみた。
ちなみに、文頭の数字はリスト番号である。思いつくまま書いているので、特に優先順位とは関係ない。


1.2019年3月末をもって円満退社する

5.証券アナリスト一次試験に合格する
9.レゾナンス・リーディングの手法を身につける
10.気学を学び基礎を身につける
13.LPL(注:ラビング・プレゼンス・リーダーシップ講座)受講生として主体的に学ぶ
23.お揃いの長財布と名刺入れを買う
28.春・秋用の靴を2足買う
41.ベランダ園芸で朝顔を行燈仕立てにする
42.クレジットカードを作る
48.歯を治す
54.まごめじゅんちゃんの分子栄養学セミナーを受ける
55.金山明美ちゃんに麻布十番で詐術してもらう
57.はるちゃんのヨガクラスに参加する
83.金丸文化農園にさくらんぼ狩りに行く
91.草津にファスティングに行く 
144.年に6回映画を見る


以上16項目。昨年は1年終わって11項目だから、2倍のペース?とも言えるだろうか。やはり3月に会社を辞めたことが大きい。時間的にはもちろんのこと、精神的にも大きなゆとりができた。

   54、55、57、83は友人達のセミナーやワークショップ、イベントなど。気にはなっていたがなかなか行かれなかったものへ、足を運べて嬉しい。


それと当初の予定になかったのに、大きな出来事としては、6月に長女の結婚式でタイのプーケット島へ行ったこと。本人が全部段取りして、こちらはパスポート取って乗っかっただけ。親族でのこじんまりした式だったが、良い思い出になった。

 

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こうしてみると、遊びの方が優先されて、他の面では進捗が遅れている感じも…。健康(ダイエット他)・新しいビジネス(なりわい)の構築・断捨離というあたり、そろそろ下半期で巻き返しを計らねば。


とはいえ梅雨明けから一気に暑い。
とりあえず、夏の間は涼しい部屋で戦略を練ることとしましょうか。
 

令和最初の夏越の大祓〜日記20190630

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6月の末は夏越の大祓。

地元の神社に参拝したが、そこに茅の輪はなくて。

 

ちなみに昨年はなぜかこちらの神社へ

http://www.mi77.jp/entry/2018/06/30/152444

 

電車に揺られてはるちゃんのヨガへ。

毎回カードを引くが、今回はこんな感じ。例によりいい時間を過ごす。

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「激しさ」と「表現」を意味するカード。「男性?」と「女性」かな…それも今回のテーマにふさわしい。

最近、右側ばかり不調(股関節・膝関節・足首)なのだが、私の身体は何か訴えたいのだろうか?

 

アフターヨガも楽しく食事して帰路へ。

 

せっかくなので、夏越の大祓に食べる和菓子「水無月」を買おうと、デパートのある一つ手前の駅で降りたら売切れ。

 

で、乗った電車に傘を忘れて。

 

そんな令和元年上半期最後の日でした。

ちゃんとした半年レビューは、追ってまた。

 

 

 

休み休みで…ようやく100記事

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梅雨の時期なのに季節外れのこの写真。

2014年2月9日。首都圏に記録的な大雪が降った日の翌日、渋谷のカフェテラスの凍りついた池の様子だ。

この日、記念すべき第一回のものくろキャンプが開かれた。なんと自分もそこに参加していたという…。

で、5年余りの月日が流れて、先月ようやく100記事を数えた。

ものくろキャンプも今やブロガーの一大コミュニティとなり、主催のものくろさんも大阪から東京に拠点を移して活動中である。メンバーもどんどん増えて、ブログ開設から数ヶ月で「100記事書きましたー」と報告される方も数多い。

 

そんな中でのこの有様。

危うく今月も月一ブロガーになる所だった。

まだまだ生活の中にブログが組み込まれていない状況なので、会社勤めをこの3月で辞めたとはいえ、それなりの雑事に流されやすい。

でも「あの時何を自分は行ない、考え、感じていたのか」それを記しておきたい。自分にとっては日々の記録でも一向に構わないのだ。その上で、有益な情報や違う角度からの視点などを、必要な人に届けられる記事が書ければ、それに越したことはない。

このところは、昨年から始めた心の学びの講座から、得たことや感じたことを書き綴っている。受講生仲間に説明するのにも「あ、ブログに書いてあるんで読んでみて」で話が済むので楽だったりする。

 

さて。今年半分の区切りでもあるし。

生活パターンも見直しつつ、またここからコツコツと書いていこう。

 

 

インナーチャイルドが閉ざす扉(後編)〜’18-’19LPLマスターコース回顧録(その5)

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(このセッションのアンカリングカード「参加」)


http://www.mi77.jp/entry/2019/05/14/232937
(前回の記事はこちら)


カウンセラーの
「こんな家に生まれてしまってごめんなさい」
「私生まれてきてよかったのかしら?」
「私この家に居ていいのかしら」
と言う声に反応して、無意識のうちに右肩が緊張した。その動きを大きくしてみて、と指示されて腕を動かすうちに、それは差し伸べられた手を振り払う動きになった。


出されたカウンセラーの手を音を出して叩く自分。思考ではなくて、感じたことを話して、と促され、
「私の世界の扉を超えて、誰かが手を突っ込んでくるのはなんかイヤだ」と2歳の子として伝えた。


今度は私の実母の代役を立て、2歳の私に声を掛けるよう指示される。その人の本来の陽のエネルギーを反転させ、冷たく感情を入れない言い方で話してもらう。


「道子、こっちに出てきなさい」
「こっちに来なさい」


言われた瞬間、身体が後ろに下がる。
何回も言われて口を突いて出たのは


「お母さんといたくない。私はここにいたいの」


別のセッションでは「(お母さん)置いていかないで」と言う言葉が出たのに、これはどういうことだろう。ただ母と一緒の空間にいると、2歳の私は緊張している。普通小さい子は母親のそばにいたいと思うのに、なぜか距離を取りたいと思っている幼い自分がいた。


カウンセラーは「これは実験だから」と前置きして、扉に見立てた場所から手を離し、「外の世界」へ出るよう提案した。しばらくは扉に見立てたホワイトボードから手を離すことが難しかった。


手を離した途端に、オートロックのように扉が閉まって戻れなくなる。あるいは扉そのものが消えて無くなってしまう。


そんな気がして、手を離せないと訴える。


何度も、実験だから大丈夫、と促され、カウンセラーに手を引かれて場の全体が見える位置に動く。


「この現実の世界を見て、どう思いますか?」カウンセラーが問う。


現実の世界は大変そう


思ったよりひどくはないけど、やっぱり居心地は悪い


私にはここでやることはない
責任を取ることはできない


そう答えると、今度は大人の(今の)自分の代役を立てて、その人がこう言葉を掛けた。


「そこにいるだけでいいんだよ」


それを受けた2歳の私の反応は… 


頭はその言葉をすんなり受け止めた。
ハートはザワザワと落ち着かなくなった。
肚(ハラ)は全く反応がない…無関係なのか、それとも強力に無かったこととして蓋をしているのか。


カウンセラーはビリーフリセットのワークに移った。ビリーフ=思い込みを外すためにさまざまな問いかけを行なう。
いろいろと吟味した結果、


「この世界とは安心しきってはいけないものだ」


とした。カウンセラーから
「じゃあこの考えがなかったとして、生身のみっちゃんはどういう人でしょう?」


はて?本当の自分ってこと?
この考えはあまりに自分と一体化していて外した状態を想像できない。
人生において、瞬間的に安心した時はあったかも知れないが…


「結婚もして子供もいて、テイのいいパートの仕事もして、何の不安もない生活をしている…こじんまりとしてる『成功』だけど、私の人生、『一丁上がり』だ」


30代の半ばにそう喜んだのも束の間、間も無く夫の身体にガンが見つかって、今生の別れとなるのに一年もなかった。


これがトドメを刺した形になり、私は自分の「安心しきった人生」を想像することはできなくなった。


100%安心してはいけない
また足元を掬われる
「常に最悪の事態に備えよ」


それらが通奏低音として常にに流れており、安心しきった人生がわからない。カウンセラーにそう伝えた。


ビリーフリセット・メソッドの定型の言い換えを行ない、「この世界は安心しきってもいいものだ」
に対しては、頭は「練習だから、仮の話だから」と言うが、肚と身体が思い切り「いやいやいや、そんなことはない」と否定した。


カウンセラーは
「いいんだよ、無理やりその考えを手放さなくても。最初ははっきりとわからなかったものが、こうしてあるんだ、とわかっただけでもよかったと思うよ。みっちゃんにとってはとっても強くその考えを持っているんだね」と言ってくれた。


こうして2時間45分の長丁場のセッションは終わった。


頭では、思考では、言語ではわからないモノを、2歳の子が体感覚、身体の記憶で全部引き受けたのだろうか。
まあ、できれば手放したい考えではあるのだが、その後何も起こらない保障はどこにあるのだろう。


ただこのセッションは、これで終わったわけではなかったのだ。


その6に続く。
続くったら続く。

 

 

 

 

 

 


 

インナーチャイルドが閉ざす扉(前編)〜’18-’19LPLマスターコース回顧録(その4)

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http://www.mi77.jp/entry/2019/05/12/153602
(前回のセッションの様子)


時間切れになったセッションの続きを2019年3月、春彼岸の中日に行なった。カウンセラーはLPL公認セラピスト認定試験を受験予定の受講生。試験日が近かったこともあり、受験者に何か参考になればと思って、当初のASV(アケミスーパーバイザー)参加者以外のLPL受講者にも、声を掛けてみてはどうかと提案した。
が、カウンセラー側からは当初のメンバーだけで良いとの話になった。ここでも思うことはあるのだが、それはまたの機会に。


当日の午後2時からセッションは始まった。モデレーターとして参加したのは5名ほど。前回同様、
「『人生に半分しかコミットしてない』と言われたが、まだよくわからない。1月からマスターコースで、いろいろな出来事が出て来たが、それをどう取り扱っていいのかわからない。それらが関係あるのかどうか、構造がわかって『コミットしてない問題』の理解につながればいい」ということを主訴として述べた。カウンセラーの顔を見て話すことを意識して。


さらに「怖いと言う自分」がいるらしい。思い当たる節として、2年前にヒプノセラピーを受けた時に出てきたインナーチャイルド(2歳くらい)が、何かあると「ヤダヤダ!」を連発して行動の妨げになったり、扉の陰から覗き込むようにしているが、目が合うと扉を閉め引っ込んだまま出てこない、というようなことが時々起こる。一方で「戦いのエネルギー」を持った自分もいるが上手く制御できない、これが統合できたらいいのに、とも話した。

 

http://www.mi77.jp/entry/2017/08/19/152827
(以前のヒプノセラピーの経緯はこちらに)


カウンセラーは「怖いと思う自分」はまだ「いるかも知れない」と言う程度の存在なので、先に「戦いのエネルギー」を持つ自分を見ては、と提案したが、私は前者〜失われた3分の1である2歳のインナーチャイルド〜の探求を申し出た。


カウンセラーは身体を使ったワークを提案した。まず私が、席を立ちその2歳の子がやっているように、物陰から覗き込むような仕草をする。


カウンセラー「なんでそうやって覗いているの?」
私(2歳の子)「何か良くないことが起こらないか心配だから」
カウンセラー「良くないことって?」
私「外に引っ張り出されること。今もそう」
これまでのセッションで、他にもインナーチャイルドがいると話し、その子たち(14歳・12歳〜2人は動と静のエネルギーで時に対峙する)の代役を立て、さらに今の大人の自分の代役を立て、配置した。


カウンセラーはそれぞれの代役に「今何が起こっていますか?」と問いかける。


14歳「通じない」
12歳「居心地が悪い。場違いな感じがする」
大人の自分「この2人の子は気にならないが、あの2歳の子が不憫だ」
カウンセラーは大人の私の代役に、2歳の子に声を掛けるよう指示する。
「こんな家庭でごめんなさい」
そんな…謝られても…
何回か声を掛けられたうちの、
「こんな家に生まれてしまってごめんなさい」と言う言葉が、少しだけ自分の中に入ってきたと伝えた。


今度はカウンセラーが声を掛ける。
マインドフルネスになるよう指示があり、私は目を閉じて呼吸に集中する。
準備ができたことをカウンセラーに手を上げて伝える。


声が掛かる


「こんな家に生まれてしまってごめんなさい」
「私生まれてきていいのかしら?」
「私ここに居ていいのかしら?」


…今、何を感じていますか?


カウンセラーが問いかける。

 

後半になるにつれて右肩が緊張する。何か防御するようにピクッと右肩が動いたように思う、と話した。

 

カウンセラーはその動きを大きくするよう指示する。言われた通り、右肩を上げると腕もついてくる。何回か繰り返すうちに、それは差し伸べられた手を振り払う動きになった。


(その5に続く)

 

 

 

 


 

断捨離した服はエコロモでリユースを

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先の10連休は家の片付け、って人もけっこういたのかも。ニトリに行ったら衣類の収納ケースが品薄だった。

で、要らなくなった服の処分だが、主流はメルカリだろう。ただオバさんはイマイチ億劫なので、地元のデパートでこんなチラシを見つけて、服を持って行ってみた。

実は昨年もこれを利用して、夏のワンピースとかを買っている。割引券がもらえ、それを使えば20%オフだが、使えるブランドが限られること(UNTITLED、TAKEO KIKUCHIなどワールドグループのもの)など、制限もある。お気に入りのブランドがあればいいかもしれない。今回は12着持っていった(もちろん車で)

柏タカシマヤでは5月14日(火)まで衣類の引き取りができる。年2回実施とのことなので、またコツコツ衣類の整理をして次を待とう。